越後湯沢旅館 HATAGO井仙

2005年10月7日創業。所在地は新潟県魚沼郡湯沢町。江戸時代の「旅籠」をコンセプトに新たな宿を誕生させ、注目を浴びている。

HATAGO井仙のホームページ

http://www.isen.co.jp

売り上げ減少、スキー客100%の駅前旅館からの脱出

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」
川端康成の小説のモデルとなった越後湯沢。その歴史は古く全国に名前が知られる温泉街である。JR越後湯沢の駅前にあった「湯沢ビューホテル井仙」は現在4代目である井口智裕さんの曾祖父からの60年続く温泉旅館だった。県外のスキー客を中心に賑わっていたが、スキーブームもピークを過ぎ、近隣にはリゾートマンションも建設されるようになり90年代後半に入ってからは客も減少していく。売り上げの減少が続く中、スキー客に頼らない旅館の今後、新しい方向性を考えざるを得ない時がやってきていた。

現在4代目の井口さんはアメリカの大学で経営学を学び、同業他社で修行を積んだあと、1997年に家業を手伝うようになった。井口さんは当時をこう語る。
「カラオケもないスナックもない付帯設備が何もありませんでしたから、何をどうしたら一番になれるかを考えた」

ピーク時の半分までに減ってしまった宿泊客を取り戻そうと井口さんが考案したのは「同窓会プラン」。まさに新幹線の停車駅の目の前という立地を活かした企画だった。まず井口さんは「同窓会プランナー」として同窓会を開催する際、幹事が負担に感じる点を考えた。

・宿の手配
・二次会の手配
・遠方からくる同窓生の交通・案内状の手配
・キャンセル料や別途にかかる料金の詳細

幸い越後湯沢は東京から新幹線で一時間半ほど。地元で開催される同窓会にも東京在住の卒業生も参加しやすい。そこで宿泊、飲食、宴会場の深夜までの使用、案内状の手配をすべて「同窓会プラン」と称してパック化し、宿で同窓会の全てが賄えるようにしたのだ。
同窓会のプランニング、手配、出席者のキャンセル料なし、全て込みの安心料金を前面に押し出し、地元の新聞に広告を掲載した。不便な点を解消したこのプランは時間、経済的にも余裕がある60代を中心に大当たり。さらに気兼ねなく遅くまで旅館内で語り明かすことが出来ると好評で「来年も是非ここで」とリピーターが続出。8年間で550組もの同窓会がこの宿で開催されたのだ。

徹底的なマーケティングで新しい形の旅館作り

井口さんは同窓会プランの成功を元に新たな旅館を立ち上げるべく大改装を行うこととなった。そのための準備段階としてまず行ったのは徹底的なマーケティング。その根底にあったものは「旅館らしいことってお客さんにとっては不満なことではないのか?」という疑問だった。「旅館のスリッパ、仲居さんのふとんの上げ下ろし、一度にドンと出てくるありきたりな夕食・・すべて旅館がサービスといいながら客に押し付けているのではないか?」と常々感じていた井口さん。新しい旅館作りのため、リサーチを開始した。

地方の旅館を訪れ、参考にすべき面をチェック。さらに東京・原宿で行われた旅館のイベントの際にアンケートを行った。新しい旅館のオープン前から、HPではアンケートを実施して利用客に意見を書き込んでもらうようにした。旅館の利用度、良いところ、悪いところ。どんなときに旅館を利用するのか? そのアンケートの結果から読み取れたものは「旅慣れしている人ほど旅館から離れている」という衝撃的な結果であった。

再び日本の伝統旅館に人を呼び返すにはどうしたらよいのか? 井口さんが出した結論は「旅館らしいものを徹底的に排除する」という画期的かつ合理的なものであった。

・足湯
・スリッパをなくして廊下も畳敷き、館内施設は素足の感触を楽しみながら
・一泊二食をなくし、食事は別料金
・されど館内で極上の食事が取れるようレストランを併設
・夕食のお取り置きサービス
・室内はベッドで布団の下げおろしはない

井口さんが考えた宿のコンセプトは「旅籠」。江戸時代、街道沿いに多くあり旅人に食事を提供する宿であった。旅籠では旅人が宿に到着すると草鞋をゆるめ、まずは足を洗い武士も一般庶民も旅の疲れを癒した。そんな旅籠の良きイメージを基に湯沢駅前のスキー旅館は2005年10月7日、「HATAGO井仙」として生まれ変わった。

他の旅館との明確な差別化。強力なコンセプトをHP上から発信!

「HATAGO井仙」では大手旅行代理店を通さずに旅館のHPでPR活動を行っている。2005年オープン前よりHPを立ち上げ予約を受け付けてきた。現在HPからの予約は7割を超える。
各部屋のコンセプトは様々で、二人でゆっくりと宿を楽しみたい人には露天風呂や茶室の間、日常の雑踏を忘れたい人にはマッサージチェアや液晶テレビがあるうたた寝の間、他にも囲炉裏、書斎の間などがある。また大勢で楽しみたい人たちは囲炉裏を囲んでくつろげる部屋もあり、改装前の同窓会プランを利用していたグループも引き続き毎年予約を入れているという。

食事がついていないルームチャージ制だが、宿に併設されたレストラン「魚沼キュイジーヌ・むらんごっつぉ」では地元の名物料理を楽しめ、宿泊客の8割が利用しているという。その本物の美味しさから「オーベルジュ旅館」としても名を上げ、近隣のリゾートマンションの住民や地元の人々の「ハレの日」の食事としても利用が多い。

外部コンサルタントに頼ることなく自分達の手でリサーチ、マーケティングを行った結果、スキー客100%だった旅館は今やカップル、女性同士で訪れる客も増えた。今年の10月に迎える一年目の総売り上げは目標の数字をクリア。「旅館の再生」は大成功した。
井口さんは語る。
「旅館は平和産業です。他人同士がゆかた一枚で触れ合うことが出来る宿は世界中探してもありません。旅館に来て、浴衣で寛ぎ温泉につかる。これだけで幸せになれるのです」

4代目井口さんの次なる目標は「アメリカに旅館を作ること」。越後湯沢での大成功はいつか海を渡り、西海岸の「HATAGO」誕生という大きな夢につながっている。