イタリア料理店マリーノ

鈴木理恵さん 

イタリア料理店マリーノは1998年5月静岡県沼津市で開店。シェフの鈴木啓三郎さんはイタリア・ローマなどで修行を積み、帰国後、ホテルの料理長に。奥様の理恵さんは、フラワーコーディネーターとして同ホテルに勤務。サイトオープンは2000年5月。その1年後、メールマガジンの発行スタート、現在、約3,300人の読者数を誇る。


ゴールデンウィークなど休日には行列もできる!

静岡県沼津駅から車で約10分。伊豆半島の内陸部から下田市に向かって走る国道414号線沿いから、細い路地に入った閑静な住宅街の奥にイタリア料理店「マリーノ」はある。

ローマで修行を積み、帰国後、静岡県の駿河湾に浮かぶ無人島にあるリゾートホテルのイタリアンレストランで料理長を務めていた鈴木啓三郎さん。奥様の理恵さんとともに、この地に店を構えたのは1998年5月のこと。

「シェフ自ら作った野菜を食材にするお店を出したいと考えていたんです。沼津は海の近くですから、新鮮な魚介類もたくさん取れますし。そこで、この場所でイタリア料理店を開業することにしたんです」(理恵さん)


取材時は、5月初旬。ちょうどランチ時だったので、駿河湾産赤座エビのフェットチーネをオーダーした。
「このエビは、駿河湾が全国一の漁獲量を誇るんですよ。5月中旬には禁漁期に入ってしまうから、今が食べ時なんです」

フェットチーネは幅5个らいの平たい形をした太いパスタのことで、シェフが粉から力一杯練り上げてつくる。料理に一切の妥協はない。
「ゴールデンウィークには、店の外まで行列ができて、すごく繁盛しました」と理恵さんは話すが、なるほど、この味であれば、行列ができるのも頷ける話だ。



“オープン景気”が過ぎて、途絶えてしまった客足

順風満帆といった印象のあるマリーノだが、98年の開業時、お店の経営状態は決して良くはなかった。オープン当初は折込広告などで、お客さんは多く集まったが、いわゆる“オープン景気”が過ぎると、その客足は一気に途絶えてしまった。
「本当に無鉄砲だったんですね、すべてが。オープン後、どういう戦略で、お客様を誘致するべきか。本当に考えていませんでしたから」

オープン時のお客さんがリピーターとして訪ねてくることもあったが、それも限界がある。藁にもすがる思いで、地元のミニコミ誌に広告を出すも、それほどの効果はあがらなかった。
「レジの前にノートを置いて、住所を書いてもらったりもしましたね。新メニューが出たら、ハガキで告知しようと思ったんです。多くの方が書いてくれたのですが、それでも、集客のための抜本的な解決にはなりませんでした」

沼津と西伊豆を結ぶ幹線道路にありながらも、同店は、奥まった場所に店があり、看板を見て来店するケースも稀という状況だった。
「味には自信がありました。でも、お店を告知する手段がなかったんです」

そんなある日のこと、理恵さんは「ホームページを作ったら、お店がお客さんで賑わった!」という内容のテレビ番組を偶然目にすることになる。
「集客に悩み続けていたので、即決心しました。まずは、やってみようって」

マリーノのホームページ完成。するとお客さんが来た!

早速、店のスタッフの知人にホームページ作りを依頼。理恵さん曰く「あまり深く考えずに作った」と話すが、それでも「季節感を大切にしていること」や「店のイメージカラー」などは伝えていった。
「その後の更新作業は、すべて自分でやったのですが、サイト作りの知識はまったくゼロでしたので、独学で一つひとつ覚えていきました」



ホームページが完成したのは2000年5月。理恵さんは、部分的に写真を変えたり、文章を少し変えるなどの更新作業を行っていった。

すると――。大手ポータルサイトに登録されたこともあり、サイトを見て、訪れるお客さんは「ちょこちょこでしたけど、いらっしゃるようになったんです」と理恵さん。
「インターネットにもう少し力を注いだら、可能性が広がるかもしれない。そういう手ごたえを感じるようになっていきました」

そして、01年5月、理恵さんは、知人からメールマガジンという存在を知らされることになる。これがマリーノの将来にとって、大きな“意味”を持つことになろうとは予想さえしなかった。



後編に続く