4. 知的資産マネジメントの実例<ダウ・ケミカル>
知的資本モデルの提唱者の1人であるゴードン・ペトラッシュを中心に,1990年代前半にダウ・ケミカル(ダウ)で開始された知的資産マネジメント(IAM:Intellectual Asset Management)のプログラムは,我が国企業にとって示唆に富むものです。
プログラム開始当時のビジョンは,「ダウが保有する知的資産の事業価値を最大化するとともに,新たな価値ある知的資産の創造を最大化する,マネジメントプロセスを開発する」ことにありました。
当時のIAMは,@社内に存在する特許権の把握,A特許と事業との関連づけ,B特許の分類,の順に進展した。この分類とは,a)活用中,b)将来利用予定,c)不要,というものでした。この結果,社内の約2万9000件の特許が一貫性のあるマネジメントの対象とされていない実態が判明しました。
a)およびb)の類型に分類された特許については,その事業への貢献度を評価するために,技術系コンサルティングファームのアーサー・D・リトルとともに,テクノロジーファクター法という価値評価手法を開発しました。この価値評価の目的は,主に@プロフィットセンターの内部的意思決定,Aライセンスアウトのような外部における特許使用,B維持コスト削減,にありました。
一方,c)に分類された特許については,考えうるすべての相手に対して売却またはライセンスアウトの可否を調査しました。
以上のプロセスを含むIAMの全体像が図3であり,後述の事業構想サイクルと同様の構造を有していることは注目に値します。
図3 ダウ・ケミカルの知的資産マネジメントモデル
(出所)Patrick H. Sullivan, Profiting from Intellectual Capital, John Wiley & Sons, Inc.(1998)p209
プログラム初期の取り組みにより,保有特許の一部にしか戦略的価値を見いだせないことが判明したため,ダウでは特許に関する基本的なポリシーを「量」から「質」へ転換し,戦略的価値を有していない特許の放棄などにより,以後10年以上にわたる維持費である5000万ドルを節約しました。1999年には,社をあげて5000万ドル削減祝賀パーティーが開催されたとされます。また,1994年に2500万ドルであったライセンス収入を,積極的なライセンスアウトにより2000年までに5倍にする計画は,1997年に達成されたとされます。
1990年代前半のダウの研究開発の状況には,表1に示されるように,引用インパクトの上昇が研究の質向上を,サイエンス・リンゲージの上昇が基礎研究重視を,テクノロジー・サイクルの短縮が研究スピードの向上を,特許カウントおよび研究開発当たり特許の減少が選択と集中を示すような変化が確認できます。
表1 ダウ・ケミカルの研究開発動向
(出所)ジョン・R.M.ハンド,バルーク・レブ「無形資産の評価」中央経済社(2008)p261