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執筆者の紹介

執筆者:吉田 均氏

プロフィール

山梨県立大学国際政策学部准教授


1959年東京都生れ、48歳。中国経済の研究と国際関係を利用した日本の地域振興政策を研究。


1983年東京経済大学経済学部卒。その後、国立台湾師範大学、筑波大学大学院、香港中文大学、東京工業大学大学院で学び、笹川平和財団・外務省・東京財団・環日本海経済研究所での勤務を経て現職。


経済産業省、新潟市、富山県の産業振興に関する委員会(研究会)などに参加。また国際連合、国際協力銀行、国際協力機構などでコンサルタントやアドバイザーを勤める。


2000年に毎日新聞社エコノミストなど主催、第1回フジタ未来経営賞で「経営賞」、ほか6賞を受賞。主な著書に、後藤一美・大野泉・渡辺利夫(編)、2005年、『シリーズ国際開発第4巻 日本の国際開発協力』、日本評論社(共著)、ほか12冊。
詳細は、ブログを参照





「旅游」から「観光」へ
―甲府商工会議所観光政策研究会のインバウンド観光への挑戦―


(1)観光政策研究会の設立




 日本、そして山梨も、グローバル化という国際競争の中で、際限のない効率化と合理化を続けてきました。その結果、景気は回復し多くの企業の業績も好転しましたが、人々に満足感がないと感じるのは私だけでしょうか? 巷には物があふれているのに、「まちの夢」「地域の誇り」といった、人々が共有できる心のよりどころを見つけるのが大変難しい時代となりました。本来、夢や誇りは、それを作る努力をした者が持ちえる特権でした。


しかし私たちは、目先のものに縛られ、自分のまちに対する努力を忘れつつあるのではないでしょうか?


 「観光」の由来は、中国の有名な古典「易経」の1節、「観國之光。利用賓于王(国の光を観る。用て王に賓たるに利し)」にあります。意訳すれば「国(地域)の光(優れたもの)を見せることで、賓客をもてなすのがよい」となります。
つまり観光とは、地域の優れたものを、来訪者に指し示すことです。しかしこれは、江戸時代末期の日本人による和製漢語で、現代中国語では一般的に「旅游」といいます。語源を意訳すれば「人がまとまって、方々を見て楽しむこと」で、現在の日本の旅行と非常に似通っています。しかしながら私たちは、「旅游」から易経の「観光」に立ち戻り、地域を考え直したいと思いました。


 甲府商工会議所観光政策研究会は、以上の問題意識の中から生まれました。代案もなく行政を批判するのでなく、市井の人として、このまちの新たな可能性をさがすため、産官学の連携による研究会として組織されました。
私たちが、観光に注目した理由は、その風土にあります。山梨は、県全体の人口が87万人、県都の甲府市も19万人に過ぎません。しかし周囲は、富士山、南アルプス、八ヶ岳などの美しい霊峰に囲まれ、温泉がそこかしこに湧き出で、ぶどうとワインに代表される果物と加工品の一大産地となっています。さらによい気候、よい水にも恵まれ、1000社を超える宝飾企業が、日本の宝飾品製造額の約3割を製造販売する宝石のまちでもあります。この山梨の3K、すなわち「環境」「健康」「観光」のイメージを育むもの、関連する農業、工業、サービス業の全てをつなぎえる裾野の広い産業が観光産業であったため、私たちは観光政策研究会とてスタートしました。


 この研究会は、山梨総合研究所の早川専務理事を委員長、印伝屋上原勇七の上原社長を副委員長に、宝石産業からは石友の松葉社長、交通関係からは山梨交通の雨宮常務取締役、丸三タクシーの石川社長、観光関連からは富士屋ホテルの小池副社長、JTB関東甲府支店の山田支店長、山梨県観光情報の田中理事長、湯村ホテルの山本専務取締役、そして甲府商工会議所の渡辺専務理事、山梨県国際観光振興室の窪田室長と私の12名で、2007年6月に組織されました。私を除けは、地元を代表する論客からなる、豪華な研究会としてスタートしました。


 早川会長の名コーディネートのもと、この研究会にはさらに2つの特色が付け加えられました。1つ目は、人任せにしないこと。参加者全員に宿題が課せられ、最終報告書も研究会のメンバーと商工会議所事務局職員とが自力で書くことになりました。そして2つ目は、研究会を学びの場として若者に開放し、未来にささやかな投資をすること。実験的に山梨県立大学から6名の学生を受け入れ、後でお話しする特区分科会などでの調査作業を、いっしょに取り組んでもらうこととしました。




(2)山梨県のインバウンド観光





 この観光政策研究会の対象は、山梨県のインバウンド観光です。インバウンドとは、外国人による日本国内での観光を指します。日本政府のインバウンド政策の本格化にともない、山梨県も国際観光振興室を設置し、特に中国・韓国等を対象とした国際観光の推進に力を入れてきました。その甲斐もあり、県内では外国人旅行客が急増しています。2006年現在、山梨県の外国人旅行客は68万人。これは日本全体の外国人観光客の6.6%(第9位)に達します。上位10位までで、政令指定都市や中核市がない県は、山梨のみであり、地方レベルでのインバウンド観光の先進県となっています。


  もうひとつの特徴は、中国系観光客が非常に多いことです。2004年に山梨を訪れた外国人観光客は、第1位が台湾地域(25.1%)、第2位が中国本土(19.4%)、第3位が香港地域(10.6%)からで、中国系観光客が全体の55%を占めています。それに韓国やタイなどを加え、アジアとしてみると全外国人観光客の8割に達します。つまりアジアにシフトし、特に中国系に特化した観光客がターゲットです。


  しかし山梨のインバウンド観光には、多くの難解な課題が潜んでいました。山梨県は、日本を代表する富士山を有し、外国人団体旅行の黄金ルートと呼ばれる東京と大阪を結ぶ線上にあり、さらに東京からもバスで2時間の至近距離にあります。しかしその優位な条件が災いし、外国人観光客のほとんどが富士山や富士五湖を見て、日帰りか1泊で帰ってしまい、甲府盆地の中まで来る者は2割、甲府市を訪れる者は1割弱に過ぎないという地域的な偏りが生まれました。


中国成都市の旅行会社からのヒヤリング



 また中国系観光客は、団体旅行客が多く、そのツアーの販売価格が低価格帯であるため、日本側の利潤が少なく、中国人旅行者にも多くの不満を残していました。現在台湾と香港からの観光は個人旅行化し、さらに中国でも高価格帯ツアーが生まれていると聞いてはいますが、このような機会も生かしきれていませんでした。


さらに山梨県でも甲府盆地内では、外国人観光客を誘導し、満足してもらうための経験やノウハウが不足していました。県内での産官学での連携や異業種間協力はむろん、富士河口湖町など県内先進地域からの技術移転すら十分に考えられておらず、皆ばらばらで、手をこまねいている状態でした。




(3)研究会活動




そこで観光政策研究会は、中国系の富裕層をターゲットに、外国人観光客の誘致をテーマとして活動を開始しました。行政、企業、大学、商工会議所の役割分担とその連携方法を、ハード・ソフトの両面から検討し、年度末に政策提言を行うことになりました。さらに研究会の過程で、観光関連での構造改革特区の可能性を検討するため、新たに特区分科会が設立されました。山梨県商工総務課の手塚課長補佐、甲府市観光開発課の七沢課長、同政策課の坂本係長に、観光政策研究会から窪田室長と私の2名が加わりました。事務局は同研究会同様、甲府商工会議所の北井地域振興部長と佐藤振興課係長、さらに塚田、下斗米、渡辺、滝、篠原、竹内、兜森の7名の山梨県立大生が担当することになりました。


観光政策研究会での成都市代表団との意見交換会 


  この半年間に、すでに観光政策研究会が6回、そして特区分科会が2回開催されました。甲府商工会議所が開催する研究会としては、異例の速度と頻度で開催されてきました。その間に富士山との組み合わせによる新たな観光ツアーの検討や、ジュエリーフェアーなど活用可能な県内外のイベントの整理、そして中国側に旅行企画を売り込むためのランドオペレーター(LO)対策、標識や地図などのユニバーサル・デザイン化を議論してきました。また中国四川省の成都市で開催された「山梨県甲府のジュエリーと観光展」や、横内正明山梨県知事をトップとする山梨県訪中団に参加したメンバーからの状況報告なども話し合われました。さらに観光関連での中国企業の誘致、そして留学生による観光ガイドを育成するための構造改革特区の企画と調査、中国人ランドオペレーター:リブラの孫敏凱代表取締役や、来日した成都市代表団との意見交換会も実施しました。



甲府ジュエリーフェアを視察する
成都市工商業連合会
中国成都市で開催された
山梨県甲府のジュエリーと観光展


 これらの活動を通じて、1)甲府盆地へ外国人観光客を誘導するためには、参加型オプションツアーなどの開発が有効であること、2)中国人の嗜好にあったサービスを提供するためには、中国系企業(中国人)による協力が必要不可欠であること、3)中国での低い知名度を改善するためには、地名の売込みよりも、富士山プラスアルファーのイメージ戦略による新たな地域ブランドが必要であることが明らかになりました。現在研究会は、最終報告書をまとめる段階にあり、1)富士山冠ツアーとLO対策、2)人材育成、3)受け入れ体制の3つの分野での政策提言を検討している最中です。




(4)特区分科会




 既述のように、この研究会では、特区分科会を設立し、観光関連での構造改革特区の可能性を検討してきました。現在検討されている特区は、A)観光関連での中国系企業を誘致するための山梨観光創業特区(仮称)と、B)留学生による観光ガイドを育成するための山梨国際観光ガイド特区(仮称)の2つです。このうち前者では、特区設立のための調査計画の検討が済み、現在甲府商工会議所の中国成都事務所を通じて「対日直接投資に関する実態調査」を開始しています。以下は、その特区の企画概要です。




A)提案

 内閣府に対してNo.512の構造改革特区を申請する。この中国人ビジネスマンに対する日本入国ビザの規制緩和を通じて、観光分野における中国系企業の誘致、合弁、技術協力を推進する。さらに国際観光に特化した特区認定を利用して、中国文化圏での知名度を向上させ、山梨ブランドの形成と浸透を図る。


B)背景

 現在、山梨県の外国人観光客の55%が中国系外国人である。しかし、その8割は、富士山観光後日帰りもしくは富士五湖周辺で一泊し東京に戻る。この一部を甲府盆地に誘導する観光ルートや新しいサービス(商品)を中国系企業のノウハウを活用して作る。


C)内

 中国側での調査により、可能性のある中国企業をある程度発見することができれば、内閣府が提示している「地方公共団体の助成等による外国企業支店等開設促進事業(No.512)」の規制緩和項目を申請する。 以って「山梨県観光創業特区」を設立し、非補助金分野による優遇措置(在留資格の付与による中国人の日本入国ビザの緩和)により、観光関連企業・LO・旅行代理店など、日本での観光ビジネスに関心を有する中国系企業を誘致する。これにより、日中間での合弁・技術協力を推進することで、A)高価格帯の観光商品の開発、B)観光サービスの改善を図る。





 以上、この稿でご紹介した観光政策研究会の最終報告書は、2008年3月に発表する予定です。


ご関心のある方は、甲府商工会議所地域振興部振興課:佐藤達也係長(電話:055-233-2241)までお問い合わせいただければ幸いです。


  私は、この山梨のインバウンド観光の試みが、単なる観光政策ではなく、ユニバーサル・デザインという視点でのまちづくりに展開していくことを強く願っています。外国人や老人など国籍・年齢・社会的地位を問わず、自ら努力するものがまちづくりに参加でき、そして観光客と住民の区別なく誰もが楽しむことができる、懐の広いまちを作ることが、今私たちの夢や誇りを育む上で非常に重要なことだと思えてなりません。それこそが真の「観光(地域の中に光を見出すこと)」ではないでしょうか。皆さんは、いかがお考えでしょうか?